一般的には、歴史小説と時代小説とはほぼ同じ意味に用いられているが、文学の上ではかなり明確な区別がある。
歴史小説は、主要な登場人物が歴史上実在した人物で、主要な部分はほぼ史実の通りに進められる。著者がその主人公の生き方や思想に感動したことによって物語が生まれ、主人公の行動あるいは言動に、著者が訴えたいモチーフが込められており、純文学的な趣が強い。山岡荘八の『?川家康』や丹羽文雄の『親鸞』、『蓮如』などは典型的な歴史小説といえる。
これに対して時代小説は、『銭形平次』のように架空の人物を登場させるか、実在の人物を使っても史実と違った展開をする。徳川光圀(水戸黄門)は実在の人物であるが、『水戸黄門漫遊記』のように助さん・格さんの二人の子分を従え、諸国を巡り歩いて裁きをするなどというのは、史実と照らし合わせるとかなり荒唐無稽である。いくら「天下の副将軍」でも、大名が勝手に他の領主の領地に入ることは禁止されていたからである。つまり、史実や著者の訴えよりも面白さ、いわゆるエンターテインメント性を重要視したのが時代小説である。吉川英治の一連の作品や池波正太郎の『鬼平犯科帳』などは時代小説である。かつて「チャンバラ」と呼ばれた劇を「時代劇」というが、その小説版と見てもいい。
